Kiss Destination 『口笛に咲く花』/あの頃の未来と、今と、今からの未来の話


Kiss Destination - 口笛に咲く花 [album mix] - YouTube

Kiss Destinationとは、かつて小室哲哉吉田麻美の2名で活動していたユニット。

知名度はけして高くなく、代表曲も特に無く、活動時期も非常に短いですが、個人的に大好きなユニットです。とりわけ、この曲はめちゃくちゃ好きです。

個人的に、この曲は一生聴き続ける、どんな時、どんな人にでも「好きな曲は?」と言われた時に真っ先に思いつく数曲のなかの1つに入る、それくらい好きな曲です。何百回、何千回聴いたかな。

 

少し昔話を。

2000年の初夏に小室哲哉は彼の古巣であったソニーを離れて、Rojamという小室哲哉が立ち上げた独自レーベルに、自身がメンバーとして参加していたTM NetworkKiss Destinationの2組を移籍させます。

当然というか、ソニーという大きな会社から離れた2組は、CDを制作しても一般的な流通・販売に乗せることができなくなり、しばらくは「新しいCDを発売する時は公式のホームページに告知が出るので、そこの通信販売で買うしかない(あるいはライブ会場で買う)」という、ビックリするほど原始的な手段を取ります。

しかし、当時の小室哲哉がそこまでしてメジャーを離れてでもやりたかった実験の1つが、「新曲が完成したらすぐにインターネットで配信する」ことでした。そして実際に上記の「口笛に咲く花」を始めとして、TM NetworkKiss Destinationの数曲が当時、新曲の完成と同時にホームページ上で公開され、誰でも無料でフルコーラスをダウンロードして聴くことができ、気に入れば通信販売でCDを購入できる、という形態が取られていました。

まだiTunesも無ければ(!)YouTubeニコニコ動画もない、インターネットで音楽といえば「違法なmp3が闇のサイトや悪質なファイル交換ソフトを介して飛び交っているらしい」というイメージが一般的だった時代*1。音楽業界はまだインターネットに対して大きく距離を取っており、アーティストやレコード会社の方から音源を(ましてやフルコーラスを)ネット上で自ら提供するなんて到底考えられない時代でした。そのため、当時の音楽ファンや批評家の反応なども、自分が覚えている限り「無料でフルコーラスを提供して誰がその後で買うものか」「資金的に余裕がある(売れても売れなくても実質そんなに困らない)小室だから出来る遊びであり、一般的にはならないだろう」といった感じの、相当に冷たいものが多かったと記憶しています。そして実際に当時これらのCDはヒットしたとは言えず、Rojam自体も後に小室哲哉吉本興業とマネジメント契約を結んだのを機に吉本に吸収されて*2普通のメジャーレーベルと同じ体制に戻り、ネット上でのフル配信などは行われなくなります。

また、Kiss Destination自体も、MISIA宇多田ヒカルといった若くて本格的なR&Bの遺伝子を持った才能たちを前にヒットチャート上では苦戦し、当時の音楽ファンや批評家からも「本格的な才能が次々と出ている時代に、付け焼き刃のブラック風味では敵わないだろう」「もう小室の時代ではない」といった厳しい反応が多く、実際にKiss Destinationはヒット曲らしいヒットは残せず、シーンから撤退を余儀なくされます。*3

当時の批評家の方たちの反応や読みは、正しかったとも言えます。

 

さらに時代は流れて、現在。

インターネットでの音楽配信や、新曲リリース前のフルコーラス試聴の提供は今や当たり前になりました。また、かつて「本格派」で売っていた歌姫の多くも、歌姫ブームのバブルが弾けた後は、徐々にJ-POPの名曲カバーだとか、ハウスやエレクトロやEDMなどに転向せざるを得なくなり、徐々に自分の本来の領域ではなく、流行に合わせて自分を切り売りするような活動を強いられるようになっていきます。

僕は未だにKiss Destinationが、「口笛に咲く花」が大好きなので、聴きたくなった時にこの曲や、それ以外の曲もよく聴いています。そして、その度に思います。

確かにあの時代の小室哲哉の行動は失敗だったかもしれないし、当時の批評家は正しかったかもしれないけど、ものすごく長い目で見れば、逆だったのかもしれない。

だから、今もし多くの批評家の人達が未来を予測して色々と言っていて、実際に世の中がそっちの方向に動きかけているように見える時でも、もしかしたら10年位向こうの未来から見れば「あれ、全部逆だったな」って思えるようになっていることも、きっとあるんだろうな、と。

そんな話でした。

*1:こんなニュース記事が出るくらいの時代でした → ネット配信で激変する音楽ビジネス(4)

*2:ちなみに、これが現在の「よしもとR&C」になります

*3:もうひとつ言えば、Kiss Destinationの一貫して落ち着いた曲調、またボーカルの吉田麻美の低音域で聴かせる歌い方が、当時の多くの小室ファンからもあまり支持されなかったという事情もあるのですが。